メンヘラと依存
今日はメンヘラと依存について書く。
先に共依存のことを書いちゃってるので、順番間違えた感があるが(笑)
メンヘラと依存は切っても切り離せない。
依存を語らずしてメンヘラを語ることはできないと言っても過言ではない。
メンヘラはなぜ依存をするのか?
俺自身は、親に依存できなかったから誰かれ構わず依存する依存体質になってしまうんじゃないだろうかと思っている。
一般的に小さい子供は親に依存するものだ。
親に愛情を与えられ適切な保護を受けながら育った子供は健全な依存を許されて育つ。普通はそうなんだよ普通は。
でもそうじゃない場合、つまり親に自分のすべてを委ねられない場合には、その子がそのまま大きくなると歪む。まあメンヘラになる。
親に依存できないというのは、なにも親が虐待するとか、まったく構ってくれないとか、そんな極端な例だけの話じゃない。
愛情はあっても親がいつも喧嘩してるとか、そういう状況でも起こりうる話だ。
そんな環境で育った子供はいつも心が不安定だ。
本当の安心を知らない。
だから安心したくて、宙ぶらりんの歪な自分を受け止めてほしくて、メンヘラは依存する。
でも、悲しいけれど依存に未来はない。
利用されて捨てられるか、一緒に深く沈んでいくか。
その二択だ。
だって依存できれば誰でもいいんだから。
愛してると言いながら、相手のことなんか見ちゃいない。
束縛するのもされたいのも自分のためだ。
本当は自分を愛したいだけだ。
そこから抜け出すためには、嘘偽りのない真心で生きるしか無い。
愛されたいなら愛さなければダメだ。
与えられるのを待つのではなくまず与えてみる。
それでダメならその時はその時なので、ぜひ相談して欲しい。
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